データ基盤クラウドコスト管理

ベンダーロックインを避けるデータ戦略。製品ではなく「データと定義」を自社で握る

ベンダーロックインを避けるデータ戦略。製品ではなく「データと定義」を自社で握る

データ基盤の製品を選ぶとき、「特定のベンダーに縛られないか」は必ず話題になります。 ただ、ロックインの本当の原因は、製品そのものより、データの形式や業務ロジック、言葉の定義が特定の製品の中に閉じ込められることにあります。 製品に縛られず、データと定義を自社で握るための考え方を整理します。

ロックインは「製品」より「データ・ロジック・定義」で起きる

ベンダーロックインというと、「契約が長い」「乗り換えると違約金がかかる」といった契約の話を思い浮かべがちです。 しかし実際に乗り換えを難しくしているのは、多くの場合、次の3つの層です。

ロックインが起きる3つの層。データの形式、業務ロジック、意味の定義。製品の中に閉じ込めた場合と、自社で握った場合の比較 ロックインが起きる3つの層 製品の中に閉じ込めると 自社で握ると データの形式 製品独自の形式で 保存される オープンなデータ形式で 持つ(必要な範囲で) 業務ロジック 集計や変換の処理が 製品の機能に依存 処理をコードとして 自社で管理する 意味の定義 「売上」などの定義が ツールの設定の中だけ 定義を製品の外に 書き出し、履歴を残す 3つを握っていれば、製品は「選び直せる」対象になる
乗り換えを難しくするのは契約より、製品に閉じ込められたデータと定義
  • データの形式:データが製品独自の形式で保存されていると、取り出して別の仕組みで使うたびに、変換と複製が必要になる
  • 業務ロジック:集計や変換の処理が製品固有の機能に組み込まれていると、乗り換えのたびに作り直しになる
  • 意味の定義:「売上」「有効会員」といった言葉の定義が、特定の画面やツールの設定の中にしかないと、移った先で数字が合わなくなる

ある資産運用会社は、「データ・ロジック・意味の定義(コンテキスト)を自社で握ることが、本当のロックイン回避だ」と考えています。 製品は替えられても、この3つが製品の中に閉じ込められていれば、実質的には抜けられません。 逆に、この3つを自社の手元に置いておけば、製品は「その時点で最適なものを選ぶ」対象になります。

具体例:値上げの通知が届いたとき

ロックインの影響がもっとも表に出るのは、条件が変わったときです。よくある場面で見てみます。

例1の具体例:値上げの通知が届いた。情報システム部に、データ基盤の利用料の値上げ通知が届く。移行を検討すると、データは独自の形式集計の処理も定義も、製品の機能の中。作り直しに何年もかかると分かり値上げを受け入れるしか選択肢がない。データはオープンな形式、ロジックと定義は自社別の基盤の併用や移行を、選択肢にできる 具体例 例1|値上げの通知が届いた 1. 場面 情報システム部に、データ基盤の 利用料の値上げ通知が届く 2. 起きること 移行を検討すると、データは独自の形式 集計の処理も定義も、製品の機能の中 3. 結果 作り直しに何年もかかると分かり 値上げを受け入れるしか選択肢がない 4. 出口を設計しておくと データはオープンな形式、ロジックと定義は自社 別の基盤の併用や移行を、選択肢にできる

このとき問題なのは、値上げそのものより、「ほかの選択肢を検討できない」ことです。 出口がない状態では、価格交渉の余地もほとんど残りません。

事例:値上げを機に、2つの分析基盤を併用する構成へ

実際に、値上げをきっかけに構成を見直した例があります。 ある大手人材・情報サービス企業は、利用していた分析基盤の値上げを受けて、ID・ポイント領域のデータ基盤を作り直しました。

新しい構成では、データをオープンなデータ形式で1か所に保存し、その上で2つの分析基盤を併用しています。 データそのものは特定の製品に属さず、どちらの基盤からも同じデータを扱えます。2026年4月にリリースしました。

オープンなデータ形式で1か所に保存したデータを、2つの分析基盤から併用する構成。メタデータの同期と、全件入れ替え中の空データに注意 ENGINE A 分析基盤A ENGINE B 分析基盤B メタデータ(テーブルの定義・所在) 同期のコストに注意 オープンなデータ形式で保存 ID・ポイント領域のデータを1か所に どちらの基盤からも、同じデータを扱える ※全件入れ替えの最中に、空のデータが返る事象にも注意
データは特定の製品に属さず、計算するエンジンだけを選べる構成

移行にかかった工数は、自社で5人月、ベンダー側で0.6人月です。 本番の移行に入る前に、3か月かけて事前検証を行っています。 いきなり全面的に移すのではなく、検証で性能と費用の見込みを確かめてから進めたことが、短い工数につながっています。

この構成のポイントは、「1つの製品から別の製品へ乗り換える」のではなく、「データを製品の外に置き、製品を併用する」形にしたことです。 乗り換えでは、移った先の製品にまた依存することになります。 データを特定の製品に属さない形で持っておけば、処理の内容や費用に応じてエンジンを使い分けられ、次に条件が変わったときにも、また選び直せます。 値上げへの対応を、一度きりの引っ越しで終わらせず、「選び直せる構造」をつくる機会にしたと言えます。

移行の効果と、見落としやすい注意点

移行の効果は、処理時間と費用の両方に表れました。 データマートの作成時間は、ある処理で62%(4:32から1:43)、別の処理で40%(9:23から5:35)短くなっています。 費用の面でも、分析基盤の計算コストが57%、保存コストが10%下がりました。

移行の効果。データマートの作成時間が4:32から1:43で62%短縮、9:23から5:35で40%短縮。計算コスト57%削減、保存コスト10%削減 データマートの作成時間 移行前 移行後 処理1 4:32 1:43 62% 短縮 処理2 9:23 5:35 40% 短縮 分析基盤の費用 計算コスト 57% 削減 保存コスト 10% 削減 工数:自社5人月+ベンダー0.6人月 / 事前検証3か月
値上げをきっかけにした見直しで、処理時間と費用の両方が下がった

一方で、想定どおりにいかなかった点もあります。

  • メタデータの同期コストが想定を超えた:2つの基盤が同じデータを扱うには、テーブルの定義や所在といった情報(メタデータ)を揃え続ける必要がある。この同期の手間と費用が、見込みより大きかった
  • 全件入れ替えのときに、一時的に空のデータが返った:テーブルの中身を丸ごと入れ替える処理の最中に、もう一方の基盤から読むと、空の結果が返る事象があった

複数の基盤を併用する構成は、選択肢を広げる代わりに、基盤どうしの「つなぎ目」の運用が増えます。 メタデータをどこで管理するのか、更新中のデータをどう見せるのかは、設計の段階で決めておく必要があります。

たとえば、テーブルを丸ごと入れ替えるのではなく、新しいデータを別の場所に用意してから一度に切り替える、 あるいは差分だけを更新する、といった手順にしておけば、読む側に空のデータを見せずに済みます。 メタデータの同期も、どちらの基盤を「正」とするかを決め、同期の頻度と費用を事前の検証で測っておくと、想定外を減らせます。

オープンなデータ形式がもたらす選択肢

データをオープンな形式で持つ動きは、ほかの企業にも広がっています。

あるOA機器メーカーでは、データ基盤が3つの環境に分散していました。 これをオープンなデータ形式に統一し、変換の処理を中央にまとめたうえで、750のテーブルを社内に公開しています。 AIからは、標準的な接続方式を通じてこのデータを使えるようにしています。 データの形式とAIからの接続方式の両方を標準に寄せておけば、使うAIや分析ツールが変わっても、データの側は作り直さずに済みます。

ある航空会社は、統合データ基盤を一度に作り替えるのではなく、段階的に刷新してきました。 その流れの中で、2025年にオープンなデータ形式へ移行しています。

ある不動産テック企業は、オープンな形式にした利点として、データを取り込む方法の選択肢が広がり、書き込みも1回で済むようになったことを挙げています。 集計済みのデータを、別の軽量なエンジンから読ませることもできます。 重い処理と軽い処理で、エンジンを使い分けられるということです。

社外とのデータ共有でも、オープンな形式には利点があります。相手が同じ製品を持っていなくても受け取れるためです。 また、あるSaaS企業は2024年10月に別の分析基盤から移行しています。 分析基盤の乗り換えは、もはや珍しい話ではありません。「いつか乗り換えるかもしれない」前提で設計しておく価値は高まっています。

何でもオープン形式にすればよいわけではない

ここで注意したいのは、「とにかく全部オープンな形式にすればよい」わけではない、という点です。 オープンなデータ形式は、複数のエンジンから読み書きしたい、社外と共有したい、将来の乗り換えに備えたい、といった「オープン性が要件のとき」に使うものです。

製品が標準で持つ形式のほうが、性能が出しやすく、運用の手間も少ない場面は多くあります。 先の事例のメタデータ同期のように、オープンにすることで増える運用もあります。 オープン性と、性能・運用の手間とのトレードオフを、データの用途ごとに判断するのが現実的です。

反対に、避けたいのは「ロックインが怖いから、同じデータを複数の製品にコピーしておく」という対応です。 データの複製は、コスト増・ガバナンスの分断・文脈の断絶を生みます。 逃げ道のつもりの複製が、かえって管理できないデータを増やしてしまいます。

「意味の定義」を自社で握る

3つの層のうち、見落とされやすいのが「意味の定義」です。 データの形式はオープンにできても、「売上は税抜か」「有効会員とは何か」といった定義が、特定のツールのダッシュボードや設定の中に埋もれていれば、移った先で同じ数字を再現できません。

AIにデータを使わせる場面が増えるほど、この定義の重要性は増しています。 AIに「先月の売上は?」と聞いたとき、正しく答えられるかどうかは、AIが「売上」の定義を参照できるかどうかで決まります。 その定義が特定のツールの中にしかなければ、ツールを替えた瞬間に、AIの答えも変わってしまいます。

定義は特定の画面の中ではなく、製品の外で、文書やコードとして管理し、変更の履歴を残しておくことが基本です。 意味の定義を業界横断で標準化する取り組みも進んでおり、50社以上の企業が参加しています。 定義を「持ち運べる形」で書いておくことが、これからの前提になっていくはずです。

出口戦略を、最初に設計する

私たちは、データ基盤を設計するとき、入口(何を入れるか)と同じくらい、出口(どうやって抜けられるか)を最初に考えることをおすすめしています。 具体的には、次の点を設計の段階で決めておきます。

  • データ:オープン性が必要なデータはどれかを決め、その範囲はオープンなデータ形式で持つ
  • ロジック:変換や集計の処理は、製品の画面の設定ではなく、コードとして自社で管理する
  • 定義:指標や用語の定義を製品の外に書き出し、変更の履歴を残す
  • つなぎ目:複数の基盤を使うなら、メタデータの管理場所と更新中のデータの見せ方を決める
  • 検証:移行や併用を判断する前に、性能と費用を事前に検証する期間をとる

出口を設計することは、すぐに乗り換えることとは違います。 いま使っている製品が最適であれば、使い続ければよいのです。 大切なのは、条件が変わったときに「乗り換える」「併用する」「使い続ける」を、自社で選べる状態にしておくことです。 選べる状態にあること自体が、価格や契約条件を話し合うときの交渉力にもなります。

まとめ:ロックインを点検する5つの質問

  • いま使っている基盤から、データを別の仕組みにそのまま渡せるか
  • 変換・集計のロジックは、製品の外にコードとして残っているか
  • 「売上」などの定義は、特定のツールの中ではなく、自社で管理されているか
  • 値上げや仕様変更があったとき、ほかの選択肢を検討できる状態か
  • オープンな形式にする範囲を、用途とトレードオフで判断しているか

ロックインを避けるとは、製品を使わないことでも、すべてをオープンにすることでもありません。 データの形式・業務ロジック・意味の定義という3つを自社で握り、いつでも抜けられる状態をつくっておくことです。 出口が設計されていれば、製品はその時点で最も合うものを、安心して選べるようになります。

製品に縛られないデータ基盤の設計や、移行の検討もご相談ください。

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CEO・PM / 代表取締役

古川 舜也Shunya Furukawa

京都大学大学院卒業後、フューチャーアーキテクト、Dirbato にてITコンサルタントとして 大規模基幹システムの構築・CRM/SFA案件に従事。2023年に株式会社PartnerOptimize を設立。

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